京都市 三鈷寺


三鈷寺は洛西西山の中腹に位置し、西山宗本山です。
江戸時代に書かれた「都名所図会」に「二大仏七城俯瞰の地」と記され、比叡山を始めとする東山三十六峯、宇治、木津方面と京都盆地を一望できる天空の寺です。
平安時代の承保元年(1074)に源算上人が草庵を結んで北尾往生院と号したのが始まりです。二祖観性法橋は修力に長じ、面技すぐれ応保二年(1162)自ら浄布を織り、之に佛眼曼荼羅を画いて本尊としました。三祖は百人一首にも歌を残された慈鎮和尚(慈円)で、次いで建保元年(1213)法然上人門下の證空善恵国師すなわち西山上人が伝燈されました。上人は浄土宗西山派の派祖であり、ここを不断如法念仏道場とされるとともに名も三鈷寺と改められました。これは背後の山容が仏器の三鈷杵に似ているからと言われています。
宝治元年(1247)十一月二十六日、西山上人入滅となり荼毘に付し、上人に深く帰依された実信房蓮生(宇都宮頼綱)が塔を建て観念三昧院華台廟と称し歴代法燈され今日に及んでいます。
蓮生は宇都宮歌壇の重鎮であり、百人一首の成立に深く関わった人物で、華台廟に西山上人と共に祀られています。
中世は浄土宗西山派の根本道場として多くの寺領を有しましたが、応仁の乱(1467)にて堂宇が荒廃し、その後常念仏・再興の綸旨を授かり、新たに寺領を賜るも旧寺の如くには至りませんでした。
今日まで幾多の変遷を経て、昭和二十六年(1951)五十二世台龍上人の徳望により四宗兼学(天台、真言、律、浄土)の西山宗本山として独立し、平成大修理が平成14年春に完了し現在に至っています。
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